橘ありすの将棋めし【実食編】

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 「アイドルは笑顔が一番」(P)

  17時半、仕事も一区切りついて鈴木九段と深浦九段の棋譜中継を眺めていた。どうやら鈴木九段が深浦九段の粘り強い指しまわしをかわして快勝したようだ。私自身は居飛車振り飛車の比が7:3くらいの居飛車党であるが、千枝ちゃんが振り飛車党で熱心に振り飛車を応援しているのをよく見るためか自然と振り飛車を応援することが増えているように思う。おそらく今頃、千枝ちゃんたちはフリールームで盤を囲みながら振り飛車の勝利を喜んでいるのだろう。少し休憩がてらにフリールームに行ってこの対局の様子を聞いてこようなどと思っていた時だった。

「プロデューサーさん。」

声の主は橘ありす、千枝ちゃんや桃華ちゃんと同じL.M.B.Gの一員でよく一緒にお仕事をしているアイドルだ。彼女の方から私の仕事部屋に来ることは珍しい。何かあったのだろうか。ドアを開けると彼女のほかに千枝ちゃんと小日向美穂ちゃんも居た。

「プロデューサーさん、お仕事お疲れ様です。差し入れを持ってきました。美穂さんが地元の熊本から美味しいイチゴをたくさん持ってきてくれたので、みんなで料理したんです。やっぱりイチゴって美味しいですよね。」

そう言ってありすちゃんが机にイチゴクレープを並べる。千枝ちゃんもそっとミルクレープを差し出す。

「おぉ! クレープを作ってくれたのか。美味しそうだなぁ!」

「橘特製イチゴオムライスです。」

(ん・・・? 今、「オムライス」って言わなかったか?)

「ごめん、橘さん。これは、橘特製イチゴ・・・」

「オムライスです。」

(やっぱりオムライスって言ったよ。ちょっと待って、ホントにオムライスなの。ライスが中に入ってるの・・・)

 思考が固まる。今までイチゴを使ったオムライスなど見たことも聞いたことも当然食べたこともない。

「以前に、喜多見柚さんや姫川友紀さんと一緒に料理番組でイチゴを使った橘流のイタリアンコースの評判がすごく良かったので、今回も採用しました。イチゴとオムライスのコンビネーションなのでお腹いっぱいになりますし、甘いイチゴで糖分補給もできて一石二鳥です。」

ありすちゃんは真剣だ、仕事で疲れている私を癒すために、本気で考えて、本気で作った最高の料理だと思っている。でも、ありすちゃん、それは将棋で例えるならこんな感じ・・・

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向飛車と居飛穴のコンビネーション。戦型と囲いの相性が悪すぎる。連盟美濃のレベルじゃねぇ!

 いや、将棋の例えなんて今はどうでもいい。今考えることはこの窮地をどう切り抜けるか。一歩間違えれば、ありすちゃんを傷つけてしまう。アイドルを傷つけるなんてプロデューサー失格だ。ならば食べる、食べるしかない。自分の担当するアイドルの作る料理なんだもの、それだけで美味しいに決まっている。まして、ありすちゃんが私のことを思って作ってくれたのならなおさらだ。

「いただきます!」

一口目は大きくいく。クレープの皮が美味しい。イチゴジャムも美味しい。イチゴの果肉も入っていて美味しい。しかし、それをはるかに上回るお米たち。イチゴジャムで色をつけたらしいお米は赤飯と同じくらいに赤く、お米の旨味はイチゴジャムの甘さでかき消されている。噛めば噛むほど不味くなる。だが口いっぱいに広がる米粒を一度に飲み込むことは出来ない。旨味が消えて雑味だけが残ったお米の食感とイチゴの甘さが口の中でノーガードで殴りあう。

「どうですか? 美味しいですよね?」

自信満々の笑顔のありすちゃん。彼女には「美味しくないかもしれない」という考えは微塵もないのだろう。そんな彼女の笑顔を見ていると「ありすちゃんの今後のことを考えるとはっきり『美味しくない』と伝えて一緒に料理の基本を学ぼう」なんて考えが吹っ飛ぶ。ただ「この笑顔を失わせたくない」と思うのみであった。

「とても美味しいよ。疲れた体にぴったり、お腹も満たされる。イチゴ大好きだからとても嬉しい!」

「と、当然ですね! プロデューサーさんにこれからも頑張ってお仕事してもらわないと、私たちがトップアイドルになれませんから。」

照れ隠しをしているありすちゃんが可愛い。その直前の一瞬の照れ顔も最高だ。その顔が見れる限り、このイチゴオムライスは美味しいのだ。誰が何を言おうとも、美味しいのだ。気付けば、3分もかからず完食していた。

「デザートに、千枝はミルクレープを作りました。上手く出来ているといいんですけど・・・」

千枝ちゃんのミルクレープはチョコレートとスライスしたイチゴを間に挟んでいるようだ。なるほど、これは美味しい。イチゴとお米がノーガードで殴りあっている口の中に天使が舞い降りて争いを鎮めたような・・・ チョコレートのほろ苦さが中和してくれる。

「千枝ちゃんのミルクレープも美味しいよ。二人ともありがとう。」

自信満々の笑顔のありすちゃんと、安堵するような笑顔の千枝ちゃん、アイドルによって異なる表情を見せてくれる。だから、私はプロデュースをやめられない。これからも、ずっと。

「さて、お腹いっぱいでお仕事も疲れも取れたことだし、さっき終わった鈴木九段と深浦九段の対局の検討をしにいこうか。」

「「はい!」」

ありすちゃんや千枝ちゃんとの距離が少し縮まった気がした。そして、私の寿命も少し縮まった気がした。

 

【完】

 

オマケ:美穂ちゃんとの後日談

美穂「プロデューサーさん、この間はすみませんでした。」

P「ん? なんだなんだ、なんかあったか?」

美穂ありすちゃんのイチゴオムライスのことで・・・ 私がイチゴを持ってきたばっかりに・・・」

P「あー、いや、いいんだよ、あのイチゴオムライス、確かにお世辞にも美味しいとは思えないけど、食べられる。今までに、わさび&からし入りシュークリームとかシュネッケンとかもっと不味いもの食べてきたし。それらと比べると全然食べられるよ、これはホント。」

美穂「初めはありすちゃんが『クレープ生地じゃなくて卵をそのまま使ってふわとろオムライスにする』って言ってたんですけど、千枝ちゃんと私で一生懸命止めたんです・・・ 止めたんですけど、力及ばずで・・・ 本当に、すみませんでした。」

P「いやいや、美穂ちゃんは悪くないよ。あのイチゴオムライス、多分うるち米の代わりにもち米を使っていたら美味しくなってたかもしれないなぁって思った。イチゴ大福とクレープを足して2で割るようなイメージになるのかな。」

美穂「イチゴ大福ですか、確かにそうだったかもしれませんね。」

P「ありすちゃんの発想自体はいいと思うんだよなぁ、小学生らしいよね。」

美穂「そうですね。それで・・・ その・・・ 言いにくいんですけど・・・」

P「ん、何? 何でも言ってよ。相談乗るよ。」

美穂「ありすちゃん、今、イチゴハンバーグとかイチゴコロッケとか考えてるみたいです。まだ考えてる途中みたいですけど・・・ 頑張ってください・・・」

P「ちひろさんに有給取れるか聞いてくるわ・・・」

 

【ホントに完】